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ギークハウスと海外とプログラミング

この記事はギークハウス Advent Calendar 2016 15日目の記事です。

はじめに

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(2012年: 今は無くなったギークハウス武蔵小杉でやったUnityの勉強会)

ギークハウスのことを知ったのは2012年の5月くらいなのでもう5年近く前になる。その時はSIerとして働き始めて3年目くらい、はてなとかでギークハウスという名前が流行り始めた頃で、元々プログラミングやらアニメやらゲームが好きだった僕はすぐに引っ越しを決めた。

そこから半年後くらいにギークハウス新丸子へ引っ越し、暫く住んでからフィリピンに3ヶ月英語留学し、1年程カナダでプログラマとして仕事、2016年の2月に日本に帰ってきて今はGengoでまたプログラマとして働いている。今はギークハウス元住吉に住んでいる。

僕の住んだ3つのギークハウスはどれも神奈川県の川崎市内にあって、お互いとても近い位置にある。一方で他の東京都内のギークハウスとは少し離れているので、少し独特だったのかもしれないな、と今となっては思う。自分の変化も兼ねて少し思い出を書き連ねてみる。

ギークハウスでの生活

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(2012年: iPhoneを分解して自分達で液晶を交換したときの写真)

元々一人暮らしをしていたので家具を含めてほとんどの物を捨てて2012年の5月にギークハウス武蔵小杉に引っ越した。シェアハウスは初めてだった上、自分の個室も無かった。

この頃は人の入れ替わりが多々あって、初期のメンバーが抜けた頃に僕が入居したのだった。Kさんが自分で3Dプリンタを作ってたり、Yさんがミニ四駆をやり始めて毎回大会に出るようになって、Railsミニ四駆ギャラリーを作ったりしていた。

僕はと言うと、仕事と関係無く自分でUnityでゲームを作ったりしていた。初代iPadが出たときにOpenGLを使ってゲームを作るとか、Unityで適当なゲームを作ってストアに出したり、あとはコミケにもたまに出したりしていた。それと同時にUnityの勉強会を自分で開いて使い方を教えたり、グローバルゲームジャムの会場をギークハウス武蔵小杉で登録して主催したり、とにかく他の人みたいに何かをしないと、という気持ちがあったように思う。

あとは@gigirさんという人がいて、見かけるときは朝でも晩でも、家から駅まで歩いてるときもゲームをしていた。ゲーム自体のデザインとかアイデアはその人に聞くと良い答えが返ってきた。

フィリピンに行くまでの道のり

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(2013年: 住人でミニ四駆の公式大会に初めて出て予選敗退したときの写真)

その頃はスカイプの英会話とかフィリピン留学が流行り始めた頃だった。ギークハウス界隈ではゆる飲みと称して家でパーティをするのだが、その頃はそこでやたらフィリピンの英会話学校に行った話を聞く機会があった。「3ヶ月行って費用が30万くらい」だとか「一日8時間英語勉強しました」とかネットで調べて得られる情報ではなく、実際に行った人と話ができたのは大きかった。

同時に、ギークハウス元住吉に出資していた人がフィリピンに永住する話が出たりだとか、前に新丸子に住んでた人がSkype英会話のLangrich起業したとか、今現在ギークハウス元住吉に泊まってるでーきさんからもフィリピンの語学学校行って、マニラでRailsインターンしてる、みたいな話を聞いた。

ああ、自分は何もしてないなあ、と思った。普通に生活してたらSIerとして普通に生活することに何も感じなかったと思うけど、当時はそんな環境に身を置いていたので危機感を感じていた。それと同時に「旅と執筆とプログラミング」という翻訳記事を読んで、海外に行ってプログラミングすることに対して一種の憧れもあった。

その頃に影響を受けた人はたくさんいるけど、あえて言うなら西嶋くんだと思う。ギークハウス新丸子にふらっと遊びに行った時、スカイプか何かで英語でプログラミングの話をしていたのをよく覚えている。僕より年下のRailsエンジニアだったが、僕にとってロールモデルのような存在となった。僕がギークハウス新丸子に引っ越す前に、アメリカに行くことが決まってPivotalで今も働いていると思う。その西嶋くんも1年くらいフィリピンの英会話学校に行ったと言っていた。

それもあってフィリピンに行くことに決めた。

フィリピン

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(2014年: フィリピンのセブにある英語学校)

1年半くらい準備してから仕事をやめたが、大して危機感は無かった。というのも、家にもニートがいたのでやっと同じ土俵に立ったな、という感じだった。数週間後にフィリピンのセブ島に飛び立った。

フィリピンでの生活は人生の中で一番楽しかったと思う。朝8時から夜10時まで英語の勉強をして、週末は旅行したりショッピングモールに行って過ごした。フィリピンに行く前に2年くらいスカイプで英会話をやったり準備はしていたけど、やっぱり学校で集中的に英語を勉強しているときが一番英語が伸びたと思う。スパルタコースだったので勉強時間も長いし、周りもやっぱり勉強している人が多かった。

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(2014年: Pecha Kucha Nightのイベントの後に撮った写真)

あとは最後にセブのPecha Kucha Nightって言うイベントに出てギークハウスの生活を紹介した。これは学校は関係なく、勝手に申し込んだ。50人くらいの前で5分くらい英語でプレゼンしたんだけど、割とウケは良かったと思う。ギークハウスに住んで無かったら話すネタなんてなかったという意味でも、非常にギークハウスに感謝している。

プレゼンの後はたくさんの人に話しかけて貰えた。そこでPythonプログラマに会って後日一緒にコーヒー飲みに行ったりもした。

カナダ

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(2014年: カナダ トロントコワーキングスペース)

元々はフィリピンに行って帰るだけの予定だったのだが、フィリピンで会った友達がみんなしてオーストラリアやらカナダやらに行くと言うので気になって自分も調べることにした。そもそも、これだけ英語勉強したのにまた日本に帰って同じように生活するのは単純に嫌だった。

どうやらカナダのワーホリビザなら何の制限もなくプログラマとして働けそうと言うことが判明したので行くことに決めた。2ヶ月くらい英語学校に行った後、履歴書を書いて面接をたくさん受けて(そしてたくさん落ちて)、最終的にフロントエンドの仕事が決まった。カナダの面接の好きなところは、志望動機を詳細に聞いてこないことと、紙/ホワイトボードに書いたコードで評価されることだった。

カナダでの生活はとてもシンプルですっきりしていて好きだった。仕事はみんな5時くらいには終わらせて帰るし、用事があれば平気で3時くらいでも帰る。アニメが好きなカナダ人と一緒に住んでいたので、家ではだいたいアニメを見るか海外ドラマを見て過ごしていた。

帰国、そしてまたギークハウスへ

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(2016年: 現在のギークハウス元住吉のもくもく部屋)

カナダの仕事を辞めた後、メキシコとキューバを旅行して2016年の2月半ばに日本に戻ってきた。帰国して仕事を探していたが、たくさん面接を受けて最終的にGengoで働けることになったので5月から働いている。社内ではだいたい英語使って生活してコードも書いているのでとても満足している。

そして今はギークハウス元住吉に住んでいる。新丸子に住んでいたときに割と遊びに来ていたので元々知っている人もいたのが理由の1つだ。帰国してから、元々一緒に住んでいた人たちとご飯を食べに行ったりもした。こういう人との繋がりを保てるのもギークハウスの良い所だと思う。ギークハウスに入居する前は、仕事と学校以外の人と定期的に会うなんてことはほとんど無かった。

自分の変化とギークハウス

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(2016年: 旧元住吉の住民が作ったギークハウス京都東福寺に遊びに行った時)

ギークハウスに住んでいなかったらどうなってたんだろう?と今では思う。フィリピンにも行かなかったし、カナダにも行かなかったし、今の仕事もしていなかった。ギークハウスのコミュニティを通して知り合ったたくさんのプログラマと会うこともなかった。仕事を辞めて海外に行くなんて普通の日本のコミュニティにいたら反対されるけど、僕の住んでいたギークハウスに似たような価値観を持っている人がいたから行く勇気を持てたのだと思う。この文章はMacBook Airに入れたLinux Mintで書いているけど、住人のサポートが無かったら入れることも無かったかもしれない。

ギークハウスに住む人も入れ替わっているし、ギークハウスにもそれぞれ個性があるし、その中でもそれぞれ違う考えを持った人がいるので今から住んでも同じような体験はしないと思う。それでも、住んでみたら今から起こるかもしれない何かを体験することになるかもしれない。有限な時間の中で、そこに住むだけで何か新しいものを得られる可能性があるのなら、そこに住む意味はあると思う。

PS. 関西圏に住んでる人がいたらギークハウス京都東福寺おすすめです。